こんばんは。土屋 (@tutinoko310)です。

この週末に友人が転勤で新潟を離れるということで、
共通の友人たちに声をかけて送別会を開きました。

簡単に会いに行けない距離の地域に引っ越すこともあり、
当日は別れを惜しむ多くの人が集まり、
思い出に残る時間となりました。

さらに、予定時間を大幅に超えてもみんな残っていて、
去りゆく友人が慕われていたことを強く感じました。

プライベートでよく一緒に遊んだ友人ということで、
別れる時にはもっと寂しさがこみ上げてくるものと思いましたが、
実際は寂しさを感じることはほとんどありませんでした。

その理由は大きく2つあると思っています。

1つ目の理由は、SNSで近況を知ることができているから。

節目にある大きなイベントの様子はFacebookで、
日常のちょっとした感情や思いつきはTwitterで、
それぞれの様子を何となく知ることができています。

会社や学校のように日々顔を合わせる関係ではなく、
今までも基本的にはリアルに会って交流する時間より、
SNSを通して互いを知る時間の方が長かった。

距離が離れても交流の仕方は今と変わることはなく、
その付き合いの変化のなさこそ、
寂しさを遠ざけている要因ではないかと考えました。

もう1つの理由は、
会いたいと思ったらすぐに会いに行けるから。

遠いところに引っ越すと言っても、
同じ日本に暮らしている限りは、1日あればたどり着くことができます。

ある程度のお金と時間を確保するハードルさえ超えれば。

これまでの経験から、日本国内であればそんなに気合を入れなくても、
入念に準備したり下調べをしなくても、
突発的な思いつきとノリで行くことができるとわかっています。

だからこそ、離れてしまってもいつでも会えるはずと思え、
寂しさを感じることがないのでは、と思っています。

SNSの出現は寂しさという感情を小さくさせました。

今後AIやVRといった技術がさらに進歩し実用化されれば、
よりリアルに近い環境が実現し、
さらに寂しさは消えていくことは想像に難くありません。

初めて実家を離れ、地元の友人たちと離れて大学に入った時のような
言いようのない寂しさを感じることはもう二度となさそうです。

それは幸せなことかもしれないけど、
寂しかった瞬間は時間が経っても消えずに思い出せるので、
その瞬間が減ってしまうことは寂しいことかもしれません。
矛盾した言い回しですが。

寂しさは消えてしまっても、
体験してきたこと・感じたこと・考えたことは消えてしまわないように、
その瞬間を切り取ってブログなどに残していきたいと、
そんなことを考えた送別会の後です。

友人の新天地での活躍を願って、
自分も負けないよう日々楽しく生きていたいと思うのです。

では、明日も良い1日になりますように。

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