こんばんは。土屋 (@tutinoko310)です。
前々回、前回の記事の続きです。
人生に影響を与えた3人の科学者 その1
人生に影響を与えた3人の科学者 その2
1人目はエジソン、2人目はアインシュタインと過去の偉人ですが、
3人目は現代の科学者、そして日本人です。
3人目はアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)の石井裕教授(@ishii_mit)です。
日本企業在籍時の研究がMITの教授陣に認められ、
MITメディアラボでタンジブル・ユーザ・インターフェースという、
形のない情報を直接触れることができるユーザインタフェースを開発されています。
石井教授のことを知ったのはきっかけはどこかのテレビ番組でした。
MITに移籍した時にトップから言われたのは、
「今までの研究実績は全て忘れて、新しいことをやってほしい」
というもの。
自分よりも才能ある学生と議論しつつ、
必死で新しい研究テーマを考えて、
「情報に触れる」というタンジブルのアイデアにたどりついたそうです。
39歳でMIT教授!タンジブル・ビッツを生んだ石井裕|【Tech総研】
未知の世界へ飛び出していく勇気と行動力に驚き、
テレビ番組を見た後も石井教授のことが気になり、
ネットでいろいろと調べていたところ、以下の記事を見つけました。
石井裕教授と語るライフイベントとテクノロジーの未来|【Tech総研】
記事の中で書かれている未来に向けてのメッセージがとても印象的で、
文学者のような詩的な言葉でまとめられていました。
そのメッセージが以下。
何故走るのかと訊ねられる。
「人生は短か過ぎるから」と答える。砂が指の間からこぼれ落ちるように、
残り時間が減って行くのが分かる。
だからこの一瞬が愛おしい。
だから走る。あと何年?すべての砂が落ち切った時、本当の未来が始まる。
そこに僕はいない。
しかし『僕』はきっとそこにいる。
自分の人生が終わってこの世から消え去ってしまったとしても、
自分が生きた証をこの世界に残していれば、
生身の自分に代わって人々に影響を与えることができる。
そのために、自分は未来に何を残せるか必死に考え、
行動していくことが大事なんだというメッセージをこの言葉から感じました。
MITという世界最先端の知の世界にいるからこそ、
自分がいなくなった後にも残る「もう1人の自分」が生まれる未来は、
きっとはっきりと見えているのだと思います。
わりと自分は刹那的な生き方をしていて、
未来は予測不可能なんだからいかに今を充実させるかに重点を置くべきだ、
という思考を持っています。
今しか見ていない自分にとって、
それだけではなく遠い未来のことも考えて何かを決めるという基準をくれたのが
石井教授の言葉でした。
年齢のせいもあるかもしれませんが、
今は少しずつ自分の今だけでなく、
ずっと先の未来のことも意識して生きるようになりました。
自分がいなくなった世界に何を残せるか。
スタートアップDriveModeのCEOを務める古賀洋吉さんは、
自分が生まれた世界と生まれなかった世界の差が自分だと定義していました。
自分は誰か?それは、自分が生まれた世界と、生まれなかった世界の差によって定義される。柱につけた身長を刻む傷、他人の心に残る言葉やツイート、なんでもいい。死後に残った差の集合体が自分だ。よい差を残せると良いな。Make a difference. Be the change.
— 古賀 洋吉 / Yo Koga (@yokichi) 2011年9月4日
世紀の大発明をしたり、社会を変えるようなサービスを立ち上げなくても、
小さくとも未来に向けて何かを残せるのではないか、
そんなことを最近は考え続けています。
科学者のたった一言が自分の人生を後押ししてくれている、
自分もそうやって誰かの人生の後押しができるようなものを残していきたいと思うのです。
科学者紹介シリーズはこれでおしまい。
科学者は偏見の目で見てしまいがちですが、
他の人たちと同じく悩みながら生きています。
だからこそ、彼らの発する言葉に共感できるのだと思います。
そして、このシリーズで紹介した科学者たちの言葉を
これからも自分のベースにして生きていきたいです。
では、明日も良い1日になりますように。
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