こんばんは。土屋 (@tutinoko310)です。
昨日はサッカーW杯の日本対コロンビア戦をテレビ観戦しました。
観ていた方も多いと思いますが、
結果は2−1で日本が勝利し、対戦前の予想を覆す番狂わせとなりました。
序盤に相手チームが反則のため1人退場したことで、
常に数的有利な状況で試合を進めたことが大きかったようです。
日本チームとして初めて南米のチームに勝利したことで、
次戦以降にもかなり期待できそうです。
さて、今回のW杯は以前から観ようと思っていたわけではなく、
近所のお店でやっていたW杯キャンペーンで試合あることを当日知り、
観てみることにしました。
仕事関係や友人、保育園や学校関係の人たちと話していても、
Jリーグの地元チームの話は出ても、W杯の話は全くなし。
2018年にロシアでW杯があることは知っていましたが、
時期や予選で対戦するチームは全く知りませんでした。
そんな予備知識なく試合を見ていましたが、
同時にTwitterでフォローしている人たちを見てみると、
もうタイムラインがサッカーで覆われていました。
特に日本がゴールを決めた瞬間は、
ゴールを褒め称えるツイートで埋め尽くされました。
ツイッターでつぶやいてた人たちは間違いなく日本人なんですけど、
熱狂ぶりがあまりにも自分の周りにいる人たちと違いすぎて
もはや同じ国の住人とは思えないほどでした。
ただ、こうしたケースは別に珍しいことではありません。
自分にとって当たり前だと思っていたことが
実は世間では当たり前ではなく非常識だった、
そんな経験は多くの方が持っているのではないでしょうか。
現代は興味や価値観が多様化・細分化したと言われていて、
インターネット・SNSの発達で同じ興味・価値観の人が集まりやすくなったことで、
この流れがどんどん加速しています。
その結果、同じ価値観を持つ人たちが固まって、
別の価値観を持つ人たちと遠ざかっています。
W杯やオリンピックはスポーツを通じて世界をつなげるきっかけを作ってくれますが、
そうやってつながる人たちは世界の一部でしかなく、
どうやっても世界は1つになれないのだと思います。
でもそれは悲観することではなく、
むしろ多種多様な人が生きる世界ならば当然のこと。
大事なのは今自分が生きている世界が全てではなく、
他にも自分が知らない世界があると認識すること。
そうすれば、自分の行き方から外れた人を糾弾することなく、
互いの生き方を認める優しい世界になるような気がします。
サッカー日本代表の次の試合は24日夜、
次は深夜の試合開始ですが、応援しようと思います。
では、明日も良い1日になりますように。
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